父は地元の大企業に勤めていた事もあって、

お金に困った両親を見た事がなかった。

 

父、母、僕、妹の4人家族で、

食費は10万円前後だったと記憶している。大食漢は誰もいない。

結婚して分かったのだが、良い物を食べ過ぎだ。

 

購入する全てのものが値段よりも品質優先だった。

 

何不自由なく僕を大人まで育ててくれた両親に感謝している。

いつしか僕は父のような人間になりたいと思っていた。

 

父が工業高校出身だったので、僕も工業高校に通った。

父が地元の大企業に勤めているので僕も同じ会社に就職する事ばかり考えていた。

 

そうすれば、両親から与えてもらった最高の人生を

自分の子供にも与えてあげられると思ったからだ。

 

しかし、僕が就職した会社は父の会社の子会社だった。

高校2年生まではクラスの中でトップの成績を誇っていたので、

僕は父と同じ会社に行くことを疑わなかった。

しかし、高校3年生で初めての彼女が出来て大失速した。

 

成績が下がった影響で、選べる会社が限りなく減り、

父と同じ会社はおろか、就職先の選択肢が極端に狭まった。

 

僕が就職する予定だった父と同じ会社には、

僕の小学校時代からの友人が行った。

 

彼は、就職と同時に車を買った。250万円のレガシーだった。

事故で250万円のレガシーを失った後に350万円のレガシーを買った。

その数年後にはBMWの中でも高級な車種(名前を忘れた)を買っていた。

同期と一緒に海外旅行を行ったという話も何度か聞いた。

彼の結婚式に行った時に、奥さんが寿退社した事を知った。

20代前半にして贅沢をしながら一馬力で生活出来る収入を得ていた。

 

しかし、彼の結婚当時の僕の手取りは11万円だった。

(2年間の研修を経て、手取りが3万円上がった)

 

この時初めて、職業の選択で人生が変わる事を知った。

僕の生活は、彼のものとは比べものにならなかった。

 

お金が無いので、車は中古車だった。

普通車の維持が厳しくなって、途中で軽自動車に乗り換えた。

休日は、同期と部屋でカップラーメンをすすっていた。

カップラーメンよりもインスタントラーメンが安いという話に盛り上がり、

インスタントラーメンパーティーを開いた記憶がある。

3連休は9食連続でインスタント麺で死にそうだった。

 

2年間、毎月4000円をコツコツ貯金して北海道に遊び行った。

それが僕に出来た最高の贅沢だった。

貯金も全く無く、ギリギリの生活だった。

 

就職した会社が違うだけで、

全く違った生活を送ることになるとは、夢にも思ってなかった。

 

人生をやり直したいと何度も思った。

給料が少ない会社に勤めることで、僕は多くの自由を失った。

 

物事のすべての判断基準が値段だった。

金銭的な理由で手に入らない物がこの世に溢れている事を知った。

誰よりも給料が安い僕は、資本主義社会の底辺にいる人間だった。

 

給料が低い人間同士で考える事はパチンコだった。

同期が10万円勝ったという話を聞いて僕もパチンコを始めたが、

結果的に多くのお金を失ってしまっただけだった。

 

同期の中には、パチンコに狂って、

コツコツ貯めた全財産を溶かして借金するやつもいた。

 

その傍ら、年間50万円くらい勝ってるやつもいた。

 

 

給料を増やすためにパチンコを始めたのだが、

僕の場合は、少ない給料をさらに圧迫する形になってしまった。

 

今考えると、借金してまで熱中しなくて良かったと思う。

 

・はじめに 

・第1部「僕の辞書から値段が消えた」

・第2部「社長が似合わない社長」

・第3部「BMWと軽自動車」 ←今ココ

・第4部「努力の果てに掴んだ大損害」

・第5部「サラリーマンに突きつけられた現実」

・第6部「運命の貧乏おばちゃん」

・第7部「月収100万円の恐怖」

・第8部「僕は教える事に快感を覚える変態だった。」

・第9部「夢のない男の唯一の夢」

・第10部「たった1日で手に入れた年収」

・第11部「楽しく生きる人生」